創作論万歳! どうも、ラノベ作家の片沼ほとりです。
……あ、ちょっと待ってください。引かないでください。
「また業界の敵が現れた」とブラウザバックしないでください。
とはいえ主張をやめる気はないので、あえて声を大にして言わせてもらいます。
今、SNSなどのせいで、創作論の価値が不当に貶められている、と。
本来、創作の理論や技術を学ぶことは本当は役に立つ、作家としての武器にもなるぞ、と。
僕はプロ作家を目指すと決めてすぐに「いきなり書いてもまともな物語になるわけないよな」と言って、書店に創作指南書を買いに行ったタイプの人間です。
分厚い創作指南書を30冊は読み、ネット上の玉石混淆な情報も読みあさりました。
役に立つもの立たないもの、いろいろありましたが、取捨選択の過程も含めて全てが血肉になりました。
そしてラノベ新人賞を3つ受賞し、プロになりました。
(自慢みたいでアレですが、「実績を出さずに創作論を語るな!」的な風潮もあるのでね……)
とにかく、創作論がなければ、プロ作家としての今の僕はありません。
そして今では「プロになるため」を掲げた創作論を武器に、講座やコミュニティを運営、お金までもらっています。業界の敵ですね。
ですが、僕はこの活動が誰かの、過去の僕のような人の役に立つと思ってやっています。
そうしてたくさんの作家志望者と話してきて感じるのが、
「創作論」との付き合い方で損をしている作家志望者が、本当に多いということです。
よくあるのは……。
- 「創作は学べるものじゃないから」と最初から無視してしまう人
- 逆に、「正解」だと思って何でも鵜呑みにし、迷子になってしまう人
- 人によって言ってることが違うことに混乱し、疲弊してしまう人
いやぁもったいない。本当にもったいない。
それに拍車をかけるのが、SNS(特にX)の
「作家が創作論を語るのはダサい」
「人それぞれなんだから意味ない」
みたいな空気。繰り返される炎上。
確かに、そういう一面もあって、まったく無視できる話ではありません。
ですが、正しく向き合えば、創作論は物語の上達を年単位で早めてくれるツールになります。殴り合う道具じゃないよ。
そこで今回は、プロ作家×指導者という僕ならではの視点から、創作論との向き合い方について整理してみます。
具体的には……
「正解のない創作論に、学ぶ価値はあるのか?」
「明確に区別しておくべき2種類の創作論」
「無数の創作論と、作家志望者はどう向き合えばいいのか?」
これから話すのは、いわば創作論"論"です。
読み終えた頃には、創作論への見方が変わり、自分に役立つものを取捨選択できるようになっているはずです。
前提:「創作に正解はない」……だけど?
上のような「創作論=悪」的風潮の根本を辿ると、すべては次の真理に行き着くと思っています。
創作には、正解がない。
いやもうその通り。文句のつけようもないくらい正しい。
「こういうやり方をすると面白い作品になります」と言えば、「そうとは限らないでしょ」「答えなんてないでしょ」と容易に返せる。押しつけちゃダメですよ。
だからこそ、「正解がないものを教えるなんて」「金を取るなんて」という話になります。
また、「プロ作家(ヒット作家)じゃないのに語るな」系の感覚もここから来ているのでは、と思っています。
語っている創作論(方法論)の正しさを測れるものが何もないので、実績という目に見える指標だけがその保証になる……というわけです。
ただ、ここで僕は思います。
「創作に正解がないことは、理論に価値がない理由になるのか?」と。
目的が定まれば、手段や共通項が見えてくる
面白い物語の作り方に正解がないのと同様に、本の読み方や解釈にも正解はありません。
しかしながら、何を隠そう義務教育では、読解力に点数をつけられます。
そう、現代文です。
「文章を理解できていることを回答に示す」とか、「受験で高い点を取る」といった目的、あるいはルールが定まったことで、そこに方法論が生まれるわけです。
漫才なんかもそうですね。
「面白い漫才」に正解はありませんが、「M-1で勝つ」というゲームルール・目的が決まった瞬間、攻略法みたいなものが見えてきます。
創作もこれと同じではないでしょうか。
「新人賞を受賞する」
「ウェブ投稿サイトでランキングに載る」
「商業的ヒット作を生み出す」
「多くの読者に楽しんでもらう」
「自分が楽しく書く」
「まずは一冊の物語を完結させる」
創作には様々な目的があります。
それぞれを達成するための作品の形は少しずつ違います。
そして目的が定まれば、有用な方法論もきっとあります。
「正解がないから無意味」と言って学習を放棄してしまうのは……もったいないです。
議論がズレるのは、「目的・前提が共有されていないから」
「創作論は使えない、意味ない」と言われるとき、この「目的」という前提が共有されていないことがかなり多いです。
例えば役立たないと揶揄されがちな創作論として、「プロローグは書くな」というものがあります。
これがどこで生まれたのかはわかりませんが、これを「小説全般に通ずる技法」と捉えれば、明らかに誤りです。
プロローグのある名作なんていくらでもあります。
ですがおそらく、最初は
「web投稿サイトでは第1話で心を掴まないといけないから物語と関係ない思わせぶりなプロローグを書くな」
とか、そういう前提・目的・詳細があり、それが抜け落ちて広まったのだと思うんですよね。
何なら、本編とは無関係なプロローグを書きがちな一人の作家に対するアドバイスだったかもしれません。
どんな創作論も、あらゆる創作全てに適用できるわけではありません。
古くから語り継がれる創作論の王者・三幕構成だって、現代のweb小説ではまず通用しません。
何を目的にして、どんな技術を使うか。
ここまで揃って、創作論は意味をなします。
どんな場面でも正しい創作論を求めると、
「正しい日本語で読みやすい文章を書きましょう」
とか
「最高の創作論を教えます。Xを閉じろ」
とかしか言えなくなってしまいます。
これこそ、何の役にも立たない創作論です。
(だから140字制限のXなんて創作論を語るのにはまったく向いていません。なのに語っちゃう。人は愚か)
創作論には2種類ある。作品の創作論と過程の創作論
さて。目的の理解が大切なことを見てきましたが、その上でもう一つ大事な視点があります。創作論の分類です。
というのも、「まったく性質の違う理論が創作論として一括りにされている」のも、作家を惑わせるポイントだから。
創作論なんて分類しようと思えばいくらでも出来ますが、特に大事な区別を解説します。
最終的に出来上がる作品について論じる「作品の創作論」、それを書き終えるまでの過程を考える「過程の創作論」です。
完全に僕の造語なのでなんのこっちゃですが、この2つはわけて考えないといけません。説明していきます。
1.作品の創作論:作品として表れるもの、読み手に見えるもの
作品の創作論とは、読者の手に届く作品に表れるものです。
例を出しましょう。
- 映画や長編小説の構成は「設定・対立・解決」の三幕に分けられる
- キャラクター、特に主人公は欠点のある人物が良い
- ジャンプ漫画は「友情・努力・勝利」(あるいは「血統・才能・勝利」)
- チート系主人公は苦戦も葛藤もなしに無双する
- コメディ作品はセリフが多く、シリアス作品は地の文が多い
あえて雑多に出しましたが、これらは「条件を満たす作品群を分析したらこれが多かった」という、物語の共通項として語られることが多いです。
目的を定め、共通項を見出すと、セオリーが出来上がっていきます。
また、「その理由はきっとこうだろう」という原因考察がついてくることもあります。こちらの方が本質的な理解ですね。
この「作品の創作論」の特徴は、検証や反証が可能なことです。
「いや、それはこの作品を正しく解釈出来てないんじゃないか」
「それを満たさない作品も同じくらいあるから、そうとは言えないんじゃないか」
という風に、割と「正解」かどうかが見えやすくなっています。建設的な広がりのある議論ができる、と言ってもいいでしょう。
(もちろん、ちゃんと前提や目的を定めていれば、ですが)
そして「作品の創作論」は、作品に表れます。
これらの創作論に基づいて作品を書くと、「三幕の構成からなる物語」「欠点を持った主人公の物語」として、その要素が読者に届きます。
これが、「作品の創作論」です。
2.過程の創作論:書き手が作品の完成にたどり着くまでの話
「じゃあそれ以外って何だよ」と言えば、それは「過程の創作論」です。
例を出しましょう。
- 原稿を書き始める前にプロットを作ろう
- ストーリーは最初と最後をまず決めよう
- キャラクターの履歴書を書けば脳内でキャラが動き出す
- 「作者が書きたい」と「読者が読みたい」の重なる部分を探そう
- 小説だけではなく映画や芸術も見てアイデアを育てよう
- 映像をイメージしながら文章に落とし込もう
- 執筆は朝一番が捗る
……いかがでしょうか?
創作者が認識しておくべき事実に、「読者に届くのは完成した作品だけ」というものがあります。
その過程をどう進むかは、言ってみれば読者とは無関係。
ゆえに、作品のクオリティとも切り離して考えるべきものです。
もちろん作家の創作過程に興味を持つ読者もいますし、そうしたコンテンツもコアな人気があります。
ですが、それは作品とは切り離された、ファンコンテンツの類いのものです。
読者にとって大事なのは、最終的に出来上がった作品が面白いかどうかです。
面白い作品になるなら、最終行から書いたっていいし、アイデアのインスピレーションはどこから得たっていい。
積極的に主張でもしない限り、読者には知る由もないことです。
だからこそ、過程の創作論には正解がありません。検証も難しいでしょう。
「創作論なんて人によるから意味ない」と言われるときはたいてい、過程の創作論を指しています。
もちろん、過程の創作論にも妥当性があり、役に立ちます。
「三幕構成の作品を作る」という目的があるなら、「執筆前にプロットを書いて三幕構成になっているか確認するべき」という過程が導き出されるのは自然なことです。
とはいえそれも、手段の一つでしかありません。
プロットなしでガンガン書いてもちゃんとした構成になる人ならそれでいいでしょう。
「作家が書きたいものを書けばその熱が原稿にも表れ、面白いものになる」というのは、決して不確かな精神論ではなく、事実だと思います。
一方で、「自分は面白いと思わなくても、読者が面白いと思うだろうものを書いた」というヒット作家もいます。これもプロの姿でしょう。
これをあとがきなんかに書いたら大問題ですが、心の内で思っている限りは読者には無関係です。
過程については、同じジャンルで書いている人やプロでも、意見が分かれます。
いろんな人がいろんなやり方をしていて、それぞれに経験則や論理があり、自分に合うかはちゃんと自分で考えて試してみるしかない。
そうしているうちに少しずつ、自分のやり方が確立されていきます。
――以上が、2つの創作論です。
繰り返すと、最終的に出来上がる作品について論じる「作品の創作論」、それを書き終えるまでの過程を考える「過程の創作論」の2つ。
この分類、そして性質を意識せずに創作論とくくってしまうと、頭が混乱してしまいます。
結論:本気で上達を目指す創作者のための、創作論への向き合い方
以上を踏まえて、創作者は、次のように創作論を学ぶのが良いと思います。
①自分が創作で何を目指しているのかを認識する
(定まっていないなら、定まっていないことを自覚すること)
②語られる創作論が、作品と過程のどちらなのかを意識する
③「その目的で」「その創作手法をとる」のはなぜか、まで考える
④自分の目的や状況に合うかを考え、試してみる
こう文字にしてみると大変そうですね……。
ですが振り返ってみれば、僕があまたの創作論を雑食してすべてを血肉に出来たのは、これらを無意識に守れていたからでした。
作家を目指し始めた瞬間から、僕の目標は「ラノベ作家になる」「新人賞を獲る」に定まっていました。
最初に骨太な海外の理論書を読んだおかげか、それとも生来の理屈脳のゆえか、考えながら創作論を摂取・咀嚼してきました。
今では創作を教える立場になりましたが、こうして記事に言語化してみて改めて、僕も指導者として創作論の区別を意識して語らないとな、と背筋を伸ばした次第です。
……というわけで、僕の発信のスタンスを明確にしておきましょう。
新人賞を3つ受賞した僕の経験をもとにした、「ラノベ作家デビュー、特に新人賞受賞」に目的を定めた「作品の創作論」を知りたいなら、ぜひこちらもご覧ください。
ここまで「玉石混淆な創作論の活かし方」を話してきましたが、かつての僕のように雑多にかき集めて取捨選択するのは、正直かなり遠回りです。
自分の目的に合った話をしている人を追うほうが、ずっと効率よく上達できます。
「あの頃の僕が欲しかった情報やサービスを提供する」を理念に活動しているので、プロを目指す方はぜひ今後も追いかけていただけると嬉しいです。
(もちろんラノベ新人賞に限らず、どこが違うのかをちゃんと考えれば、web小説やラノベ以外のジャンルにも応用できますので)
以上、創作論についてでした。
これからも、創作者に役立つような内容を発信していきますね!
それではまた。



