どうも、ラノベ作家の片沼ほとりです。
今回は、「創作に正解はないのか?」 というテーマで書いていきます。
確かに、創作は自由です。
笑える話でも、悲しい話でも、苦しい話でも、救いのない話でも、都合のいい話でも、自分が書いていて楽しければそれでOK。
本来、それが創作活動というものです。
ですが、プロを目指すなら。小説を売ってお金を稼ごうというのなら、話は変わってきます。
お客さんが楽しめるような、そして売れるような作品を書かないといけません。
結論から言いましょう。
創作には、正解とは言わないまでも、面白い作品を作るためのセオリーというものが確かに存在します。
そして厄介なことに、このセオリーは、作家や編集者といったプロは共通して持っていますが、アマチュアがそれを簡単に伺い知ることはできません。
僕はこのセオリー、というより感覚を「物語感覚」「ライトノベル感覚」などと呼んでいます(完全オリジナルの造語です)。
この記事では、その正体を明かします。
「プレバト」の俳句コーナーを見て思うこと
突然ですが、「プレバト」という番組をご存知ですか?

俳句・水彩画・絵手紙といった様々な芸術分野について、芸能人が作品を作り、それをその道のプロが採点、才能の有無をジャッジするという内容のバラエティ番組です。
中でも俳句コーナーは、採点・添削を担当する夏井先生の毒舌キャラが強烈で、人気コーナーとなっています。
僕もこの番組を何度も見たことがあるのですが、毎回思うことがあります。
俳句の良し悪し、ぶっちゃけよくわかりません。
いや、水彩画とかはわかるんですよ。
うまい絵を見たら「うまいなあ」と思うし、下手な絵を見たら「下手だなあ」と思う。 良し悪しが一目でわかりますし、順位をつけろと言われれば簡単につけられます。 その順位も、プロがつけた順位とほぼ一致します。
ですが、俳句はよく分かりません。
なんとなく「聞き心地が良いな~」という感覚はありますし、明らかにネタに走ったものなどが悪いのはわかるのですが、才能アリの俳句と凡人の俳句を見分けられる自信は全然ありません。 また、一般芸能人の才能アリの俳句と名人の句なんて、まったく判別がつきません。
先生の添削や解説を聞くと「なるほど~」と思うのですが、それも解説なしに「どちらが添削前でどちらが添削後でしょう」と聞かれると2、3割は間違える自信があります。「それは好みの問題じゃないの?」と思うこともしばしばです。
僕のセンスがないだけなのでしょうが、同じように感じている視聴者は結構多いんじゃないでしょうか。
でも不思議なことに、夏井先生や、芸能人の中でも名人と呼ばれる実力者の「こうすればよくなる」「こちらの方が良い」という意見は、ほぼ100%一致します。
僕のような素人にはレベルが高すぎて分かりませんが、その道のプロだからこそわかる感覚があるのでしょう。言ってみれば、「俳句感覚」というようなものです。
これは、どんな俳句が美しいかという感覚、俳句感覚を持っていないからでしょう。
そして、この俳句感覚をはじめから持っているかどうかが、「才能アリ」と「才能ナシ」を分けるんだろうな、と思います。
ここまで書けばもうおわかりでしょうが……小説、ライトノベルでも、俳句と同じことが言えるというわけです。
作家や編集者が共通して持っている感覚
物語のプロである作家や編集者は、「物語感覚」を持っています。
これはつまり、「物語はこうすれば面白くなる」「これとこれならこっちの方が面白い」といった感覚を持っているということです。
いえ、こういう感覚だけなら初心者でも読者でも持っているでしょうが、大事なのはプロの間で感覚が一致する部分がかなりあるということ。物語についてクリティカルな質問をすれば、同じ答えが返って来るというわけです。
(もちろん一致しない部分もありますが、それは技術ではなく個性の範囲でしょう)
ここでは「物語感覚」という言葉を使いましたが、より詳しく深掘りしていくと、例えばライトノベルのプロが持っている「ライトノベル感覚」や「純文学感覚」「映画感覚」といったものもあるわけです。物語の中でも、特にラノベだったらこうするよね、といった感覚ですね。
ラノベの中でも「新人賞感覚」と「Web小説感覚」では全く違ったりして、あるいは「ラブコメ感覚」や「ファンタジー感覚」もあるでしょうし、細かく見ていけばキリがありません。
さて、こういった感覚を正解と呼ぶかは人それぞれでしょうが、プロを目指す上での道しるべになることは間違いないと思っています。
そして何より厄介なのは、まだプロのレベルに達していない人からは、この感覚が見えないということです。
この感覚は初心者には見えない
先ほどのプレバトのたとえの中で、「水彩画の良し悪しならわかる」と言いました。
これは結構誰にでも納得してもらえるんじゃないかと思います。
僕はそんなに絵が得意ではありませんし、それを自覚しています。プレバトの中で登場する芸能人も、番組の演出のために演技はしていますが、「自分は最下位だろうな~」みたいなことは察しているんじゃないかと思っています。
ですが、文章や物語は、絵画(視覚)ほどわかりやすくありません。
はっきり言ってしまうと、プロから見ればいまいちなのに「自分の文章は読みやすい」と思って文章を書いているアマチュア作家や、同様に「自分の物語は面白い」と思っているアマチュア作家はたくさんいます。
決して責めているわけではありません。
というか、アマチュア時代の僕も完全にこの状態でした。
僕は「物語感覚」は早めにつかんだものの、ライトノベル感覚を身につけないままにずっと書いていました。
そして、こういう感覚が欠落していることを自分で気づけなかったからこそ、この感覚を身につけようというアプローチをするのが遅れ、大きく遠回りをしてしまったのです。
だからこれを読んでいる方には、「そういう感覚があるんだ」ということは頭にとどめておいて欲しいです。そして常に、「もしかしたら自分の感覚は悪いんじゃないか」という疑問を持って作品作りに取り組んでみてください。
物語感覚・ライトノベル感覚を身につけるには
ここまで来ると、皆さんが知りたいのは「どうやってその感覚を身につけるのか」ということでしょう。
これははっきりと断言しておきますが、「物語感覚」「ライトノベル感覚」は学習によって後天的に身につけられます。
初めからこの感覚を身につけていた人はプロ作家の中でもほんの一握りです。僕自身がそうだったように、ほとんどの人は後天的にこの感覚を身につけています。
感覚なので、一朝一夕で身につくものではありませんが、効率的な方法というのも確かに存在します。手軽なものから順に、1つずつ見ていきましょう。
ライトノベルを読む
基本中の基本ですが、最も手軽にできる学習法です。
ライトノベルを読まずにラノベ作家になろうとする人をたまに見かけますが、さすがにちょっと厳しいんじゃないかと思います。
ライトノベルを読むことでライトノベル感覚が身につきますし、さらには自分の書きたいジャンルを集中して読むことによってそのジャンルの感覚も身につけることができるでしょう。
ですが、ただ読むだけ、つまりインプットのみだとなかなか効果は上がりません。より効率的に感覚を身につける方法があります。
創作指南書など、創作論を読む
次に手軽で、かつ有効なのが、創作論そのものを読むことです。
創作論とは、物語感覚やライトノベル感覚を言語化したものです。
たくさんの作品を読んで感覚を磨いていくよりも、感覚そのものが言語化された創作論を読む方が早いです。もちろん向き不向きはあるかもしれませんが……。
特に、物語感覚を身につけるために、3幕構成を解説した脚本術の指南書は、1冊でもいいので読んでおくことをおすすめします。
スタンダードなのは『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』で、とても読みやすいのでオススメです。
ただし、これらの創作指南書については、物語感覚を養うのには役立つものの、近年のライトノベルに特化した情報というのはまだまだ整備されきっていない印象があります。
ここは僕の発信でも注力していきたいところです。
読んだ作品を分析する
上では学習法の一つとしてライトノベルを読むことを挙げましたが、ただ読むだけではなく分析することで最大限の学びを得られます。
作品のどこが面白かったか、読者を楽しませるためにどんな工夫がなされているかを言語化していきましょう。
その際におすすめの方法は、複数の作品に共通する要素を抽出するということ。一つの作品だけではなく、多くの作品に共通する要素ほど、それはライトノベル感覚に近いと言えるでしょう。
理論も意識しながら作品を書く
さてここからは、インプットではなくアウトプットです。
上のようなインプットで磨いた感覚を使って、自分で作品を書いていきます。
もちろんただ書くのではなく、「面白い作品を作るための物語構造になっているのか」「既存のライトノベルにあるような面白さを自分の作品に込められているのか」といった視点を忘れないようにしましょう。
理論を意識しながら作品を作ることに、はじめのうちは違和感を覚えるかもしれません。
ですが、いずれは自然にできるようになっていきます。
学校で習った数学と一緒です。はじめのうちは習った解法を参照しながら時間をかけて問題を解きますが、慣れてくればサラサラと解けるようになります。
プロ作家が創作指南書などを参照しなくてもすぐに的確なアドバイスができるのは、すでに理論が感覚として体に染みついているからです。
意識的にその状態を目指していきましょう。
感覚を身につけている人に作品を見てもらう
心理的にも金銭的にも最もハードルが高いですが、最もインパクトが大きいのはこれでしょう。
そうやって自分が書いた作品を、すでに感覚を身につけている人に読んでもらい、面白い作品になっているかどうかを判断してもらいます。自分が感覚を理解しているかを確かめることができますし、自分だけでは気づけないこともたくさんあります。
ただし注意点として、何も考えずに書いた作品を単に見てもらうのはあまり効率が良くないです。
自分だけでのインプットやアウトプット、学習を怠らずに、しっかりと仮説を立てて書いた作品だからこそ、役に立ちます。
自分の中でしっかり感覚を養った上で、その感覚を確かめ、チューニングする。そういう感覚で作品を見てもらいましょう。
まとめ
以上、アマチュアにとってはなかなか理解しづらい「ライトノベル感覚」について見てきました。
この感覚というものは、先天的なものでも何でもなく、学習によって身につけることが可能です。特に物語感覚については、それを言語化した創作指南書もたくさん本屋に並んでいるため、学習しやすい環境と言えるでしょう。
ただ、ライトノベル感覚については(特にプロレベルのものについては)まだあまり手軽に勉強する教材がありません。
この「ライトノベル感覚」を言語化し、学びやすい形で残していくことが僕の使命だと思っています。
良ければ、これからの僕の発信も見ていてください。きっとお役に立つものがあると思うので。
それではまた。



