どうも、ラノベ作家の片沼ほとりです。
いきなり結論ですが、この記事は「小説は受験勉強とは違う。勉強なんてしなくていい」という風潮に疑問を投げかけるものです。
XなどのSNSでは、「創作論は無視しろ! 小説にやるべきこともやっちゃダメなこともない! 自分を信じて書け!」といったプロ作家の言葉が賛同を集めている光景をよく目にします。「自分もそうやってプロになったから」と。
確かに「正解がない」という意味では、小説は受験勉強とはまったく違います。正解を言い切るタイプの創作論が危ないのもその通り。
しかし僕は思うのです。
よくよく考えると逆で、「正解がないからこそ、独学では難しく、先を行く人に教わるべき」なのではないか、と。
前提として僕のことを話すと、僕は大学受験の時、塾に通わず独学で京大に合格しました(自慢っぽいですが)。
そんな成功体験もあって、大学時代にラノベ作家を目指し始めたときも「独学でいけるやろ」と、ラノベや創作指南書を読むことしかせず、見事挫折。
その後、プロ作家との交流を持ち始めてから一気に成長が加速し、感覚を掴み、新人賞を3つ受賞してプロになることが出来ました。
今ではそれらの経験を活かして、過去の僕のような人を手助けするために、創作技術を体系化した講座を提供したり、創作コミュニティ「ライトノベル梁山泊」を主宰して直接指導も行い、たくさんのアマチュア作家を見てきました。
そういうわけで、この話題について説得力を持って語れるつもりです。
この記事を読むあなたには、「小説執筆の特性上、独学は構造的に難しいのだ」という落とし穴に気づいた上で、何をどう学ぶか考え直していただければ幸いです。
なぜ小説だけ、「独学が当たり前」なのか?
まずは第一歩として、「なぜ小説は独学がスタンダードとされているのか?」を考えてみます。
……いやこれ、考えてみると不思議だと思いませんか?
イラストが上手くなりたい人は、本を読んだり動画を観たりして、上手い人(プロ)から学ぼうとします。
音楽もそうです。作曲でも楽器でも歌でも、独学で楽しむ人もいますが、プロを目指すならまず間違いなく勉強し、プロから学びます。
誰もが経験するところで言えば、学校の勉強は「分かっている人が、分からない人に教える」という学校や塾の構図を誰も疑いませんよね。
ですが、小説だけは違います。
「たくさん読んで、たくさん書いて、賞や投稿サイトに応募する」
ほとんどの作家志望者が知っている道はこれだけで、創作指南書などの本で勉強しようとする人すら少数。
「プロに読んでもらう、教わる」まで行くと、選択肢を考えたことすらない方が大半だと思います。
なぜ、小説だけがそうなのでしょうか?
これについては、僕なりに確信している持論があります。
世の中で「学べるもの」「教われるもの」とされているジャンルには、共通点があります。
それは、素人にも上手い・下手の違いがはっきり分かることです。
イラストなら、自分の絵とプロの絵の差は一目で分かります。
音楽なら、自分には出せない高音やテクニックは、聴けば分かります。
勉強が一番わかりやすくて、知ってるか知らないか、解けるか解けないかです。
誰にでも違いが見える、実感できるジャンルだからこそ、「その違いを越えた人に教わろう」と自然に思えるわけです。
ところが小説では、この違いがはっきり見えません。
プロの文章と自分の文章を読み比べても、どこがどう違うのか言語化しにくいものです。
だから「小説は技術ではなく個性だ」という話になって、そもそも教わるという発想が生まれません。
実際、本人は「自分の文章は悪くない」と思っているけど実際は壊滅的、というケースを何度も見たことがあります。
単純な日本語の文章ですらそれなので、作品の良さを感じるのはもっと難しいです。
アマチュアの多くは、プロの作品と自分の作品のどこに差があるのか分かっていないと思います。
そして実は、昔の僕もそうでした。
僕は独学で京大に受かった——独学が機能する条件
最初にチラッと話したのですが、僕は「塾に行かなくていいの?」と心配する親も無視して独学を貫き、京都大学に現役合格しました。
これは、かっこいい理由があったわけでは全然なく、シンプルに「自分には必要ない、むしろ悪影響」と判断したからです。
「人によって理解が足りていない部分は違うのに、みんなで同じ授業を受けるのって効率悪いじゃん」と思っていました。
(特に英語は中学から怠けまくっていたせいで、塾で高2や高3に向けた授業をされてもついていけない状態だったので……)
そして、この判断は正しいものでした。
「自分に足りないものを見つけて、埋める」
僕の勉強法はこれだけで、実際、受験勉強ではこのやり方が通用しました。
正解があり、点数で現在地が見える分野では、「足りないものを見つけて埋める」という独学が機能するのです。
教科書や参考書には正しいことが書いてあり、実力は正解不正解や模試の点数と判定ではっきり見えます。
何が足りないかが自分で分かるから、それを埋める勉強を自分で組み立てられるわけです。
むしろ僕は、正解のある勉強こそ、人に教わる意味が小さいとすら考えています。
……そして人は、過去の成功体験に縛られる生き物です。
大学生で小説家を目指し始めた僕は、当然のように独学からスタートしました。
同じやり方が、小説では全く通用しなかった
最初はまったく何も勉強せずに書き始めたのですが、2,000字書いたところで「いや、これまでろくに小説を読んでも書いてもないのに無理だろ」と冷静になりました。
(突発的に作家を目指し始めたので、インプット量も少なかったのです)
そしてまずやったことは、受験勉強と同じです。「教科書」を揃えました。
- 『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』
- 『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』
- 『「感情」から書く脚本術』
- 『ストーリーの解剖学』
などなど……。
(脚本術の本が多いのは、物語作りの理論はハリウッド映画で最も研究・言語化されている……と調べたら出てきたからです。どれも創作界隈では定番の理論書)
こうした有名どころの理論書を一通り読み込み、あとはたくさん読んで、たくさん書けばいいでしょ、と進めていきました。

落選するたびに「きっとここが足りないんだろう」という仮説を立てて、改善を繰り返しました。
そして結果は、3作連続落選でした。
別に3作落選なんて珍しくない話ですが、辛かったのは、前進している感覚がなかったことです。
結果も三次落ち(ビギナーズラック)→一次落ち→二次落ちでした。
当時の僕は一作目から「面白い、これは受賞するわ」と確信していましたし、落ちたときには「なんでこれが受賞しないんだ??」と本気で思っていました。
ですが、今なら「そりゃあ受賞できないわ」と思います。
理由はいろいろありましたが、一番大きかったのは、ライトノベルの読者が求める面白さを提供できていなかったことです。
構成は今考えても綺麗で、学んだことがしっかりと活かされていました。この学習能力はさすがの一言です(自画自賛)。
ですが、「ラノベ読者に刺さる作品か」「新人賞として出版社が受賞させる作品か」というと、違いました。
もちろん当時も感覚を掴むため、ラノベはたくさん読んでいました。仮説を立てていました。しかしそれも的外れでした。
理由はシンプルで、「自分に何が足りないか」自体が分かっていなかったからです。
点数のように現在地を教えてくれるものがない世界では、「何が足りないか」の見立てそのものを間違え、的外れな方向に努力し続けてしまうのです。
こんなことを言うのもアレですが、最終的には新人賞を3つ獲ってプロ作家になっている僕ですら、スタート時点の審美眼はその程度だったわけですね。
差が見えないジャンルこそ、学ぶ価値が一番大きい
さて、ここまでくれば僕の論理がわかっていただけたと思います。
「違いが自分で分からない」ジャンルこそ、本当は一番、人から学ぶ価値があります。
イラストや音楽なら、プロとの差は自分の目や耳でも捉えられます。
小説はそうではありません。視覚や聴覚よりも分かりづらいからこそ、熟達するまでは、差の存在にすら気づけません。
座学ですぐに身に付けるのが難しい、経験から培われる感覚がものを言います。
だからこそ小説では、プロの考え方を知ること、プロの目で点検してもらうことが、他のどのジャンルよりも効くのです。
僕自身の転機も、まさにそこでした。
落選を繰り返した、「このままじゃダメだ」と思い、僕はネットで見つけた、プロのラノベ作家も参加する有料の創作コミュニティに飛び込みました。
それまでは「プロの視点は指南書で学べるから独学で十分」と思っていた僕ですが、そこで日々交わされるプロ同士の議論を見て、考えが一変しました。
誇張でも何でもなく、「プロ作家にはこんな世界が見えているのか」と思いました。
僕も何十冊と作品を読んできましたが、プロは僕よりもよっぽど多くの視点で作品を分析し、出版社や読者を理解し、戦略を立てていたのです。
独学時代の僕は、プロとの差が「なかった」のではなく、差が「見えていなかった」だけでした。
そこからはプロの考え方をひたすら吸収し、面白い物語を書くための理論が出来上がっていき、そしてラノベ新人賞を3つ連続受賞しました。
この落差こそ、僕が「創作はプロに学んだ方が圧倒的に早い」と言い切る理由です。
独学が成功するための条件とは?
さて、ここまでは僕の成功体験ベースで話をしてきましたが、中立を期すために、独学が成功するための条件も考えておきます。
冒頭にも書いたように、プロ作家の中には「勉強なんてするな」と言う人もいます。自分もそれでプロになれたという人もいます。
この人たちも僕と一緒です。自分がこうだったからこうした方がいいという良心からくるアドバイスなわけです。
では実際のところ、人によってどちらが自分に合っているのか? それをどう判断するのか?
そのヒントになるために、なぜ僕が独学で失敗したかを言語化してみると、それはやはり感覚がまったく育っていなかったからかなと思います。
僕は突発的に作家を目指し始めたので、それまでのインプット(ラノベ・小説・漫画・アニメなどすべて)が十分とは言えませんでした。だからこそ感覚のズレがあったわけです。
すでにたくさんのエンタメを摂取してきた人なら、ある程度感覚が育っており、「自分を信じる」が通用するのかなと思います。
ただ、こう書くと「じゃあ自分はインプットをたくさんしてきたから大丈夫だな、ズレてないな」と思う方も多そうですが、その判断が信用ならないのが小説の難しさだと言うのは書いてきたとおり。
どちらにしろ、結果が出ない(例えば3作落選して前進している感覚がない)場合は、やり方を見直す、プロの診断を受けるのが良いでしょう。
まとめ・小説を学ぶための最初の一歩は?
以上、小説の独学の難しさについて語ってきました。
こう考えると、論理的に考えてプロに見てもらった方がいいと思えてきませんか。
いやホント、この記事をアマチュアの頃の僕にも読ませたかった。
とはいえ、「いきなりプロに原稿を見てもらうとかはハードルが高い……」と感じる方がほとんどだと思います。
なので、いきなり交流ではなく、まずは座学でプロの考え方を知ることから始めるのがオススメです。
僕も最初は(というか初手から)書店で創作指南書を読むところから始めました。
上に挙げた本の中でも、特に『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』は心からオススメできる本です。
ラノベに特化していないのでそこは注意点(というか過去の僕がつまずいた)ですが、理論の部分をしっかり固めることが出来ます。
そして、「もっとラノベ・現代日本のエンタメに特化した物語作りを学びたい」「プロのラノベ作家に見てもらいたい」と思ったら、ぜひ門を叩いてください。
無料の動画講座も開いています。いつでもお待ちしていますね。




